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2009.10.05

大刀洗平和記念館

Photo 1941年(昭和16年)2月7日 寒風吹きすさぶなか発心山城址付近から発進した前田式703型レジストリNr「A-1606」のグライダーを駆って河邊忠夫一級航空士(22歳)の卓越した技量で当時のグライダー滞空時間13時間41分08秒の日本新記録を打ち立てました。名も無き山は「グライダー山」と命名され「空へ憧れる者達」の聖地と成りテイクオフには記念碑が立っています。

2001年(平成13年)4月 地元草野町から許可を戴きグライダー山スカイスポーツ倶楽部
の管理運営でパラグライダーのエリアとして再開したグライダー山は北部九州の新たなスカイスポーツのメッカとなり「空へ憧れる者達」の夢を叶え2009年(平成21年)4月12日グライダー山から飛び立った阿部俊宏は滞空時間3時間49分獲得高度3500m距離82.6km(大分県別府市港湾)の九州記録を打ち立てました。

耳納連山グライダー山 眼前に悠久と広がる筑後平野のそのほぼ中央付近に1919年(大正8年)10月 かつて「東洋一」と謳われた大刀洗飛行場が完成しました。歴史と共に変遷をたどり1939年(昭和14年)飛行教育隊1940年(昭和15年)には陸軍飛行学校となり、多くの若者達が「空に憧れた者達」を目指して青春の熱き血をたぎらせながら過酷なパイロットの訓練に励んでいましたが戦局の悪化と共に大刀洗飛行場は特別攻撃隊の前線となり、若者達を育てる施設が若者達の未来や夢を奪う基地へと変貌していきました。1945年(昭和20年)3月27日・31日の二度に渡る運命の日に「東洋一」と謳われた飛行場は多くの犠牲者とともにその姿を消しました。

多くの「空に憧れる者達」を育んで来た耳納連山と筑後平野 時を経て歴史の中に埋もれてしまった大刀洗飛行場の時代を駆け抜けた数多くの「空に憧れる者達」の真実を通して平和のありがたさやその大切さを後世に語り継いでいく為に、筑前町立大刀洗平和記念館の設立開館に当り「空に憧れる者達」との縁あって資料を提供する事になりました。

展示資料の中に皆さんから提供戴いた空撮の写真(スカイクルーズの名がキャプション)がいたる所でお役に立っています。開館のオープニング案内の背景(赤いパラグライダーが小さく写っています)もその一つです。年間10余万人もの人達が会館に訪れ悲惨な時代背景に涙し平和のありがたさを感じる事でしょう。またパラグライダーに「空に憧れる者達」の興味を持たれるかも知れません。展示資料提供者の末席にスカイクルーズの名前も記載されています。

グライダー山を訪れるフライヤーの皆様も「空に憧れる者達」として一度は訪れて見て下さい。

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